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生きてることが

読了までの目安時間:約 1分


森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」

 

別に何があったわけでもない。

 

夜中にふと聴きたくなることがある。

 

何も考えずにぼーっと聞いていると、心がすーっと軽くなってくる。

 

 

 

 



春が来る!

読了までの目安時間:約 2分

 

春が来る!

 

春が来る!

 

春が来る!

 

 

 

長かった冬も終わりを告げる。

 

明けない夜はない。

 

やまない雨はない。

 

そう、やっと春が来る。

 

 

 

辛くて仕方なかった心。

 

わけもなく溢れた涙。

 

希望と絶望を繰り返すだけの日々。

 

いつまで続くのか途方に暮れていた。

 

 

 

でも、頑張っていれば、報われる瞬間が来るんだね。

 

必ず乗り越えられるんだね。

 

さぁ、春が来る。

 

心も軽くなる。

 

緊張を解いてごらん。

 

顔の力を抜いて。

 

笑おう。

 

もう大丈夫!

 

 

変わることが怖い?

読了までの目安時間:約 6分

 

あなたは、変わることが怖いですか?

 

今の生活が突然変化するとしたら不安ですよね?

 

もしも、明日から強迫性障害が治ったとしたら、どうしますか?

 

自分が強迫行為をしなくなると、なんか不吉なことが起きるんじゃないかと怖くなりますか?

 

実は強迫行為をしていると、落ち着く自分がいませんか?

 

ずっとやめたいと思っていた強迫行為がやめられるのに、それを拒否している自分がいませんか?

 

あなただけじゃない。

 

実は僕もそうだったんです。

 

実は変わることを恐れていた自分がいたんです。

 

 

人は本能的に変化を恐れるようになっているんですって。

 

それがプラスの変化であろうと、マイナスの変化であろうと、変化すること自体を恐れる。

 

今まで慣れ親しんだ現状というものに対して、変わっていく未来はまったくの未知のものだから。

 

どう変わっていくのかわからないから。

 

人間の脳は、すでに知っている情報のみを好み、知らない情報を嫌うように出来ているのだそう。

 

生き残るための太古からの知恵なのでしょうね。

 

今まで安全に生きてきたのに、わざわざ環境などを変えるということは、それだけ危険に晒されることが多くなるってことですからね。

 

 

例え、それが自分にとって嫌で嫌で仕方ないことでも、変化を選択することのほうが怖い。

 

上司が本当に嫌な奴で会社に行くのが死ぬほど嫌でも、転職するという変化や独立起業するという変化のほうが怖くて、結局、今の環境から抜け出せない。

 

夫が浮気をしていても、離婚したあとの自分や子どもの生活を考えると不安すぎて、そのまま我慢し続けてしまう。

 

なんて良く聞く話ですよね。

 

さらに、歳をとればとるほど変化を恐れるようになります。

 

その歳になるまで積み重ねたものも多いですし、簡単に捨てられないものも多いですから。

 

他人から見たら、そんなの拘らずにさっさと捨てて新しい自分に変われば良いのに!って思うんですが、当の本人は変わることに、ものすごい恐怖があるわけです。

 

 

う〜ん、変わりたいと思っているのに変われない。

 

もどかしいですね。

 

でも、これは僕やあなたのせいじゃない。

 

もともと、人間が本来持っている本能によって、変化を避けているだけ。

 

人として当たり前のことであり、あなたが落ち込んだりする必要はないんです。

 

逆に、この変化に対する不安が、本能によってもたらされていると理解することで、変化する一歩を踏み出せるようになるはずです。

 

僕がこのブログで何度も書いているように、強迫性行為をしなくなっても、それが原因で不吉なことなんか起きません。

 

強迫性障害であろうとなかろうと、不安がなくなるわけではないし、自分自身はなにも変わりません。

 

あなたが、強迫性障害である必要なんて、なにひとつないのです。

 

 

強迫性行為をしなくなったら、不安ですか?

 

強迫性障害でない自分を、想像できますか?

 

大丈夫です。

 

僕がそうであったように、強迫性障害なんて手放しましょう。

 

変わりましょう。

 

強迫行為をしようがしまいが、良いことも悪いことも普通にたくさん起きます。

 

それより、もっと自分のやりたいことに時間をたくさん使いましょう。

 

強迫性障害を手放したからといって、あなた自身が全くなくなって別人になるわけじゃないんです。

 

あなたはあなたのままで、強迫性障害だけがなくなる。

 

強迫性障害なんてなくても生きていけます。

 

もうあなたも、きっと大丈夫。

 

自由になりましょう。

 

変わる事を恐れないで!

 

一歩を踏み出しましょう!

 

僕が強迫性障害を手放した方法です。良かったら、下記を参考にしてみてください。

 

 

 

不安で不安で仕方がない

読了までの目安時間:約 6分

 

漠然とした不安を感じて、心臓が痛い。

 

いま、特別大きな問題が発生しているわけじゃない。

 

でも、近い将来に起きそうな嫌な事をいくつも想像してしまう。

 

考えれば考えるほど、不安で不安で仕方がなくなる。

 

心臓がきゅうと縮まる。

 

胸が苦しい。

 

そんな気持ちを押し込めながら、今日も仕事が終わる。

 

僕は一人、終電間近の電車に乗る。

 

電車には、たくさんの人達が乗っている。

 

 

酔っ払ってご機嫌そうに自慢話をしてるおじさん。

 

スマホでひたすらゲームをやっている学生。

 

疲れ果てて眠り込んでいるOLさん。

 

人前でもお構いなしにイチャついているカップル。

 

帰りの電車の中でも資格の勉強を頑張っているサラリーマン。

 

 

本当にいろいろな人がいる。

 

なんだか、みんな楽しそうに見える。

 

みんなそれぞれ自信を持って生きているように見える。

 

すごく立派に見える。

 

それぞれがちゃんと仕事をしていて、みんな逞しく生きている。

 

そんなたくさんの見知らぬたくさんの人を見ていると、心底不思議に思うことがある。

 

みんな、不安は感じてないんだろうか。

 

みんな、それなりに楽しく生きているんだろうか。

 

みんな、どこへ向かっていくんだろうか?

 

楽しげに話している人たちを見ていると、不安に苛まれている自分がさらに惨めに思えてくる。

 

 

そんな馬鹿げたことを思いながら、周りの人たちを見ていると、ふと30代位の男性が目に入った。

 

その人は、疲れた様子で遠い目をして、ゆっくりと周りの人たちを見渡していた。

 

その目を見た瞬間、あぁ、この人、僕と同じだ。

 

この人も、大きな不安を抱えてる。

 

そう思った。

 

何の根拠もない。

 

ただ、そう直感した。

 

この人が背負っているものが、どんな不安なのか、どんな悩みなのか、僕が知る由もない。

 

けれど、その不安に負けないように。

 

いつか、もっと自分に自信が持てるように。

 

疲れた目の中に、必死で頑張っている芯のようなものを感じた。

 

僕の勝手な思い違いかもしれない。

 

でも、それを見たとき、なぜか。

 

急に、僕の中の不安がちっぽけに思えた。

 

 

よく考えてみれば、不安や悩みのない人なんてきっといない。

 

多かれ少なかれ、不安や悩みを抱え、それを自分なりに隠しながら、みんな必死に生きているんだろう。

 

僕だって、周りから惨めに思われたくない。

 

だから、普段、この漠然とした不安をなるべく外に見せないように。

 

自信を持って、楽しそうに生きているように振舞っているつもり。

 

僕も、周りから見れば楽しそうに生きているように見えるのかもしれない。

 

 

だとしたら。

 

本当は、みんな僕と同じなのかもしれない。

 

みんな不安で不安で仕方ないのかもしれない。

 

それでも、みんな必死になって、笑って生きているのかもしれない。

 

僕は悲劇の主人公気取りで、不安を快く受け入れてしまっているだけなのか。

 

不安はいつでもある。

 

無限に湧いてくる。

 

不安で不安で仕方ないのは、僕が自分自身で不安を受け入れすぎているから。

 

不安を受け入れるか、受け入れないかは自分次第で決められる。

 

不安を受け入れようが、受け入れまいが、なるようにしかならない。

 

1時間不安で過ごそうが、10時間不安で過ごそうが、結果、なるようにしかならない。

 

なるべく不安にとらわれないよう。

 

なるべく不安を手放すよう。

 

あとは、なるようになれ!

 

不安なんかに負けない。

 

そんなふうに久しぶりに思えた。

 

深夜の混みあった電車の中が、いつもより明るく見えた。

 

他人と比べるのやめた!

読了までの目安時間:約 5分

 

自分の成績が常に表される。

 

学校での通知表、偏差値。

 

SNSでのいいね!の数、友達の数、コメントの数。

 

会社でのノルマ、査定、役職、年収。

 

持っているブランド、貯金、家の大きさ、車のグレード。

 

そんなもので、僕は常に他人と比較してきた。

 

今、僕の順位は?

 

アイツよりは上だ!

 

前はアイツより全然勝ってたのに、今じゃ負けてるかも...

 

もっと頑張らなきゃいけない。

 

嫉妬している自分がいる。

 

劣等感が半端ない。

 

アイツには絶対に負けたくない。

 

他人に見放されたくない。

 

もっと、もっと、もっと!

 

頑張って、頑張って、頑張らなきゃいけない。

 

 

そんな気持ちで、歯を食いしばって頑張って、やっとアイツに勝った。

 

でも、しばらくすると、その上の新たな「アイツ」が出てくる。

 

あたりまえだけど、上には上がいる。

 

そう、キリがない。

 

一生、必死に走り続けても、他人と比較し続ける限り、自分の劣等感や嫉妬心は消えることがない。

 

胸の痛みがどんどん強くなってくる。

 

自分の惨めさに心が小さくなってる。

 

自分を信じる気持ちが無くなっていく...

 

あぁ、このレースはいつ終わるんだろう。

 

このレースに限界を感じていた。

 

負けて初めて彼らの気持ちが理解できたこともあった。

 

もうこのままリタイヤしてしまうかもしれないという恐怖心や不安ばかりが大きくなっている。

 

そんなことをずっと考えていた。

 

ずっと思い悩んでいたんだ...

 

 

でも最近、思い至ったことがある。

 

あたりまえのことかもしれないけれど、

 

結局は他人と自分を比較し続けている限り、このレースから抜けられることはないということ。

 

他人と比較し続けても、自分が満たされることは絶対にないということ。

 

だって、あらゆる分野で自分より優れている人が日本中、世界中にたくさんいるのだから。

 

だとしたら、もう他人と比較すること自体をやめたほうがいい。

 

劣等感や嫉妬心をこれ以上自分に植え付けるのをやめよう。

 

もう人から何を言われてもいい。

 

もう人からどんな評価を受けてもいいじゃないか。

 

 

でも、諦めるわけじゃない。

 

比較する相手を変えるだけなんだ。

 

比較するのは、誰でもない、自分自身。

 

昨日の自分と比較して、今日の自分のほうが笑っていられるのか。

 

1ヶ月前の自分と比較して、今の自分のほうが仕事の幅が広がっているのか。

 

昨年の自分と比較して、今の自分のほうが人に優しくできているのか。

 

自分のライバルは、自分自身。

 

過去の自分と比較して、少しでも良くなっていれば、それが自分にとって勝ち。

 

勝ち負けを誰かに判定してもらう必要はない。

 

誰かから認められる必要もない。

 

他人の目なんて気にする必要はない。

 

他人がなんと言おうと、どんな目で見られようと、自分が良いと思っていればそれでいい。

 

自分で自分にOKを出せればいい。

 

それが自分にとっての幸せなんだと思う。

 

 

 

価値観と常識

読了までの目安時間:約 7分

 

人によって価値観ってまるで違う。

 

性格、体質、環境などによって、まさに千差万別。

 

例えば、僕の話。

 

なかなか公には言えないけれど、お酒がほとんど飲めない体質の僕にとっては、お酒や飲み会にほとんど価値を見出せない。

 

そりゃ僕だって、懇親を深める場として、たまに飲み会などをやるぶんには、とても有意義だと思う。

 

けれど、ただの付き合いのお酒は本当に嫌い。

 

なによりも酔っ払いのくだらない「愚痴」や「自慢話」に付き合うのは、時間の無駄以外の何者でもない。

 

人にもよるけれど、お酒が入るとその人の本性がわかるもの。

 

飲めないほうは冷静なので、すごくわかります。

 

自分が誰よりも偉いと思ってる勘違い説教ジジイ。

 

人の陰口、悪口を言いまくって自分を正当化する怯える子羊ちゃん。

 

お酒を飲まないと文句も言えない悲しき愚痴リーマン。

 

自分のことしか興味のない自己主張ナルシスト。

 

逆に僕は「飲まないつまらないヤツ」と思われているのでしょうが、なかなかつらいものです。

 

せいぜい飲んでも一杯程度のお酒に、わざわざ高いお金を払って、自分の時間を削られ、疲れが増していくだけ。

 

別に女の子のいるお店に行っても、ただ社交辞令の会話が飛び交うだけで正直楽しさがよくわからない。

 

歳をとったせいなのか、若いときよりもさらに嫌いになってきた気がする(笑)。

 

もちろん、僕みたいなのは少数派で、お酒の好きな人のほうが大半なわけですし、お酒が好きな人にとって、僕のこの価値観は全く理解不能でしょう。

 

お酒っておいしいし、人と仲良くなれるし、何よりも酔うと楽しい!

 

なぜ飲み会に来ないのか? なぜ飲まないのか?

 

コミュニケーションを軽視している!

 

けしからん!

 

そう思うのでしょう。

 

 

僕だって、お酒を飲めることに憧れるし、お酒が飲めたほうが単純に楽しいだろうし、人との付き合いも広がるだろうし、飲まないのは損だっていうのもわかる。

 

一説によると、お酒を飲まないのは人生の半分を損してるらしい。

 

人生の半分ってどんだけ〜ですよね。

 

でも、僕は飲めないんだから仕方ない。

 

飲む練習もたくさんしたけれど、結局、体が受け付けなかった。

 

これはどうしようもない。

 

どちらが正しいとか、そういうことじゃない。

 

普段みんながたくさんお金を使って飲んだくれているときに、僕は自分の趣味にお金と時間をかけて没頭していたりする。

 

それはそれで、僕にとっては幸せなこと。

 

誰に何を言われる筋合いもない。

 

それでいいと思ってる。

 

 

世間では、大勢の人がやっていることが常識と捉えられる。

 

その常識から外れると、アイツは変わっているとか、変なヤツとか言われて、みんなと同じ行動をとるように強制されることが多い。

 

でも、自分の価値観がその常識と合わないことって、実はすごく多い。

 

自分の考えがすごくずれていると感じることも多い。

 

あなたもそうでしょ。

 

でも、それって特別なことじゃない。

 

みんなずれてる。

 

 

僕もそうだったけど、特に強迫性障害を患っている方って、自分だけ世間の常識に馴染めないって思い込んでしまってることが多いかと思う。

 

自分だけ世間とずれている気がして、普通じゃない気がして、思うように行動できなかったり、将来の不安ばかりが増したり、余計にへんな観念の迷路に迷い込んでしまってる。

 

でも、みんな似たようなもの。

 

強迫性障害だから、そうってわけでもないみたい。

 

みんな価値観が違う。

 

それがあたりまえ。

 

 

常識は、どこかの大勢の価値観の最大公約数。

 

常識なんて、そんなもの。実際、よくわからない。

 

そんなふわふわした常識に、実はみんな縛られてる。

 

そう「常識に従わなきゃへんなヤツに思われる」っていう強迫観念。

 

だから、常識に従うべく、作り笑いやごますりなどの強迫行為を毎日してる。

 

み〜んな、人間。

 

同じさ。

 

不安をお酒の力で紛らわす人もいれば、強迫行為をする人もいる。

 

野球が好きな人もいれば、全く興味がない人もいる。

 

トカゲを可愛いと思う人もいれば、見たくもないという人もいる。

 

み〜んな、同じ人間。

 

価値観が違うだけ。

 

自分の価値観が全て正解と思っているところが、そもそもおかしい。

 

それこそ強迫観念でしかない。それこそ病気だと思う。

 

 

お互いが価値観を押し付けることなく、お互いの価値観を認め合う。

 

まずは、自分がまわりの人たちの価値観を受け入れること。

 

相手を認めること。

 

そこから交わっていくのだろう。

 

 

明日も飲み会。

 

気が重いけど、少しでも理解しあえるように楽しもう!

 

 

青い鳥

読了までの目安時間:約 3分

 

毎日、同じことの繰り返し。

 

変わりたいのに変われない。

 

いい加減、自分でも嫌気がさしてる。

 

 

本当は、自分を変える方法はいくつか知っている。

 

でも、それらは、結構面倒くさい方法なんだよね。

 

もっと、簡単でいい方法があるはずなんだ。

 

いま、それを探してる最中。

 

だから、まだ具体的に行動してない。

 

いい方法が見つかれば、すぐにでも行動するのに!!

 

 

僕の中でそんな言い訳が渦を巻いている。

 

そう、いつも青い鳥を待っている。

 

いつか青い鳥が突然現れて、自分の肩に止まってくれると信じてる。

 

知らないこと探しの旅をいつまでも続けてる。

 

 

アインシュタインは、こう言ったそう。

 

「同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という」

 

そうだね。

 

まさに、狂気の沙汰。

 

同じことを繰り返していても何も変わるはずがない。

 

もっといい方法とか待ち望んでいても何も変わるはずがない。

 

 

もう、知らないこと探しの旅は終わりにしよう。

 

まず自分の知っている方法から行動しよう。

 

行動してみて、もしそれが自分に合わない方法だったとしたら、次の方法を実践してみればいい。

 

自分の望みは、行動して、地道に継続して、やっと叶えられるもの。

 

実は、僕もあなたも、望みを叶える方法は既に知っているんだ。

 

それはベストな方法ではないかもしれない。

 

けれど、まず何をしなければならないかは、わかっているはず。

 

わかっている、知っているけれど、それを実践していないだけ。

 

いくつもの理由をつけて、実践していないだけ。

 

 

もう、ぐずぐずするのは終わり。

 

とにかく、なんでもいい。実践していこう。

 

そこから道は開かれる。

 

明日から本気出すとか、そんなこと言っていたら、今日の結果は変わらない。

 

明日を変えたければ、今日を変えるしかない。

 

失敗しようが、不安だろうが、やるしかない。

 

青い鳥を待ていてはダメ。

 

自分から青い鳥を探しに行こう。

 

 

僕は運がいい!

読了までの目安時間:約 5分

 

強迫性障害の人の特徴。

 

すごく思い込みが強い。

 

僕もそう。

 

思い込んだら命がけ!

 

そんなところ、ありますよね。

 

その思い込みが強いという部分。

 

それを、どう使うのか。

 

すごく大事な部分かと思うんです。

 

 

例えば、あなたは、自分の「運」についてどう思っていますか?

 

「自分は運がいい!」

「自分は運が悪い!」

 

どちらでしょう?

 

僕は以前、自分はとても運が悪いと思っていました。

 

いつも嫌なことばかりで、運にも見放されているような気がして、不安になることばかりでした。

 

 

けれど、今、僕はとても運が良いと思っています。

 

すごく恵まれていて、良いタイミングで素晴らしい人たちと出会えるし、困難なことも紆余屈折あれど結果的にはなんとかなっています。

 

 

両方経験しているからすごくわかるのですが、

 

運が悪い...と思って毎日過ごしているのと、

 

運がいい!と思って毎日過ごしているのとでは、

 

毎日の気力や充実度が全然違いますし、出る結果も違ってきます。

 

運がいいと思って過ごしていると、なぜか自然に運も回ってくるように思います。

 

 

もともと、運って、数字で表せられるものではありません。

 

運の感じ方も人それぞれかと思います。

 

多分、自分のスタンス次第で、どちらにも変われるものなんです。

 

自分が、幸運、不運のどちらを見つめているのか?

 

自分の身に起きたことを幸運と捉えることができるのかどうか?

 

 

つい先日、僕が家の近くを一人で歩いていたときのこと。

 

コンビニへ行く途中の何の変哲もない日常。

 

いきなりですよ。

 

バサッと音が聞こえたかと思うと、頭の上に何かが乗ったような感触が...

 

えっ!?

 

何が起きているのか全くわからない。

 

次の瞬間。

 

またバサッと大きな音がして、黒いものが僕の頭上に飛び立ったのです。

 

それを見て、唖然。

 

その黒いものの正体。

 

なんと、カラスだったんです(笑)

 

カラスが、歩いている僕の頭の上に一瞬とまり、飛び立っていったんです。

 

「え〜〜〜、こんなことってあるんだ!」って感じですよね (^^!

 

その時に僕が思ったこと。

 

「カラスが頭の上にとまるなんて、何か良いことでも起きる知らせかな?」

 

「こんな珍しい体験出来て、話のネタになるな〜(笑)」

 

そんな風に思って、思わずニヤけたのです。

 

後から冷静に考えたら、真っ黒なカラスが頭にとまるなんて、なんだか不吉な感じもするし、カラスにバカにされているみたいでイラッとする感じですが、その時はラッキーと思ったんです。

 

自分でも少し意外でした。

 

そんな、カラスが頭の上に止まるなんて、どうでも良いような体験ではあるのですが(笑)、

 

これって、まさに自分に起きたことをどう捉えられるかだな〜って改めて思ったんです。

 

自分に起きたことを、幸運だと思うのか、不運だと思うのか。

 

その捉え方ひとつで、ハッピーな気持ちにもなれば、ブルーな気持ちにもなる。

 

だったら、何事も幸運と捉えること、幸運を見つめることが大事なんだと。

 

 

僕は運がいい!

 

思い込むことは得意中の得意。

 

それが、僕らの最大の強みになる。

 

 

桜たちに

読了までの目安時間:約 2分

 

長かった冬がやっと終わり、春が来ました。

 

今年も桜が咲きましたね。

 

 

僕はお花見で飲んだり騒いだりするのは好きじゃありませんが、桜を見ているのは大好きです。

 

淡いピンクの花びらが幾重にも重なって、美しく咲き誇っている中、花びらが花吹雪となって、はらはらと散っていく。

 

しかし、桜並木を歩いているとき、心の底から湧いてくるあの感覚は一体なんなのでしょう。

 

時が来るとぱっと咲いて、見事に満開に咲き誇ったと思うと、一斉に散っていくあの桜の儚さ。

 

一瞬の時の中、始まりと終わりが共存している。

 

だからこそ、桜を美しいと思うのでしょう。

 

僕は、あと何回くらいこうやって桜を見られるのだろう。

 

桜の潔さは、人生の短さにも似て、もっとやりたいことをやらなきゃもったいないと、教えてくれているような気がします。

 


僕も、あの桜たちに負けないくらい「精一杯咲いた」と思えるように。

 

 

 

 

 

自分らしく

読了までの目安時間:約 3分

 

あの人みたいに器用に生きられたらなぁ。

 

あの人みたいに優しくなりたいなぁ。

 

あの人みたいにいつも笑っていたいなぁ。

 

いつも、そんなふうに思う。

 

いつも、他の人と比較している。

 

だから、自分に足りないものばかりが気になる。

 

自分が持っていないものばかり求めてしまう。

 

きっと周りの人が僕に求めているのは、本当の僕じゃない僕なんだろうと思ってしまう。

 

 

みんなに好かれてる、あの人みたいになろうと振舞ってみる。

 

精一杯、真似してみる。

 

無理に背のびして、無理に笑って、普段使わないような言葉を使ってみる。

 

おかしいよね。

 

自分で、顔が引きつってるのがわかる。

 

自分の言っていることも、つじつまが合わなくなってきてるのがわかる。

 

それはそう。

 

自分の考えじゃなく、あの人の考えそうな言葉をしゃべっているからね。

 

 

そうしているうちに、どれが本当の自分なのか、わからなくなってくる。

 

一体、僕は何をしてるんだろう。

 

こんなに無理して僕は誰になろうとしてるんだろう。

 

どこに向かっているんだろう。

 

 

だから、開き直ってみた。

 

僕は、しょせんあの人みたいになれない。

 

僕はどこまでいっても僕。

 

僕は僕なりに精一杯やるしかない。

 

僕だって、あの人に負けない良いところはある。

 

頑張って自分の欠点を直すことはもちろん大事。

 

けれど、本当の自分を偽ることとは違う。

 

考えてみても、今まで本当の自分を偽って無理をしたときって、決まってろくな結果にならなかった。

 

 

自分は自分らしく。

 

それでいい。

 

そうすると気づいてくる。

 

僕だって、まだまだ捨てたもんじゃないってことを。

 

 

 

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